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━【「現代数学の視座と眺望3」(元K会数学科講師:立原礼也) 】━
2024年8月14日 更新
━【現代数学の視座と眺望№2(K会元数学科講師:立原礼也) 】━
★「現代数学」、つまり大雑把には「大学の数学科レベルの数学」は、中高で習う数学と地続きに繋がっていながらも、様々な面で、全く新しい考え方に基づくものでもあります。筆者が数学を専攻することに決めたのも、この新しくも自然な考え方の数々に魅了されてのことでした。このコラムでは、現代数学におけるものの見方=「視座」、そしてそれによるものの見え方=「眺望」の解説を通じ、現代数学の魅力の一端をお伝えしていきます★
数学的構造と同型性
読者の皆さん、こんにちは。
K会数学科元講師の立原 礼也と申します。
第3回となる今回は、現代数学の重要な考え方である「数学的構造」(以下では単に「構造」と言います)の考え方、そして「同型」という考え方について、具体例を通じてご紹介したいと思います。
これらの概念の重要性は筆舌に尽くしがたいものであって、筆者としては「現代数学で最も重要な概念だ」と言い切ってしまいたいほどです。また、一見、前回までとは話題がガラリと変わるようですが、実は(今回は詳しく説明する余裕がありませんが)前回記事の「創造」(あるいは「シミュレート」)の話題とも切り離せない関係があります。
さて、実は、「同型」というのは、数学に限らず、我々の日常生活にも見出すことができる、人間の認知の根本にかかわるともいえる概念です。そして、この「同型」の概念に数学的に厳密な定式化を与えることは、「構造」を考えるに至る動機の重要な一つとなっています。
そういうわけですから、「構造」の説明のためにも、まず「同型」の概念を具体例を用いて説明するところから始めましょう。(なお、余談ですが、この「同型」の概念は、その重要性にも関わらず、数学の教科書ではあっさりとした紹介で済まされてしまっていることも多いのですが、K会の現代数学講座のテキストではきちんと紙面を割いて丁寧に解説を行っています。)
説明の整理のために、内容を複数の節にわけさせてください。
(A)ゲームの同型
それでは本題に入りましょう。
「同型」の概念の、具体例による解説です。節タイトルの通り、「ゲーム」の例を用いた説明を試みます。これは数学的な例というよりは、むしろ日常生活に近い例になっています。また、その事情から推察可能な通り、我々はこの文脈における「ゲーム」という概念自体を数学的に正確な形で定式化するわけではありませんので、その結果、残念ながら、以下の例に関して数学的に厳密な議論はできません。それでも、この例を通じて、「同型」というのが大体どういう概念なのかは伝わるかと思います。
では唐突ですが、次のようなゲームを考えて、それをゲームJと呼びましょう。
*****ゲームJのルール*****
(J-0)2人のプレイヤーで行う。各プレイヤーは、「石」「ハサミ」「紙」と書かれたカードを1枚ずつ、計3枚持っている。
(J-1)各プレイヤーは、自分の持っているカードから1枚を、公開せずに選択する。
(J-2)各プレイヤーが選択したカードが同時に公開される。
(J-3)公開された2枚のカードの組合せが
「石」と「ハサミ」ならば、「石」を選択したプレイヤーの勝利となる。
「ハサミ」と「紙」ならば、「ハサミ」を選択したプレイヤーの勝利となる。
「紙」と「石」ならば、「紙」を選択したプレイヤーの勝利となる。
それ以外の場合は、引き分けとなる。
**********
お察しの方もいらっしゃるかと思いますが、ゲームJは、世間では「じゃんけん」と呼ばれているもの(を、記述の都合上、カードを用いて再現したもの)です。(英語圏のじゃんけんでは、グーが石、チョキがハサミ、パーが紙となっています。)
今度は、また突然ですが、ゲームJとはまた別の、ゲームPについても考えてみましょう。
*****ゲームPのルール*****
(P-0)2人のプレイヤーで行う。各プレイヤーは、「炎」「草」「水」と書かれたカードを1枚ずつ、計3枚持っている。
(P-1)各プレイヤーは、自分の持っているカードから1枚を、公開せずに選択する。
(P-2)各プレイヤーが選択したカードが同時に公開される。
(P-3)公開された2枚のカードの組合せが
「炎」と「草」ならば、「炎」を選択したプレイヤーの勝利となる。
「草」と「水」ならば、「草」を選択したプレイヤーの勝利となる。
「水」と「炎」ならば、「水」を選択したプレイヤーの勝利となる。
それ以外の場合は、引き分けとなる。
(ゲームPは、ある有名な電子ゲームの内容のごく一部を切り取って、大幅に単純化したものになっています。)
ゲームJとゲームPは、もちろん、違うゲームです。ゲームJには「紙」が出てきますが、ゲームPには「紙」は出てきません。ゲームPには「炎」が出てきますが、ゲームJには「炎」は出てきません。こういった違いがありますから、これらのゲームは、確かに、違うゲームなのです。
しかし、見比べてみると、読者は、ゲームJとゲームPが「見た目は違うかもしれないけれど、実質的には同じ内容のゲーム」である、ということに気付くのではないでしょうか。(ピンとこなかった読者は、改めてゲームJとゲームPの内容を確認した上で読み進めてください。)つまり、ゲームJの性質を分析したければゲームPを代わりに分析してもよいし、逆も然りだ、といったことには納得がいくと思います。また、「3すくみ」という概念を知っていて、「ゲームJもゲームPも、つまり結局、3すくみだ」という理解に到達した読者もいるでしょう。
この「見た目は違うかもしれないけれど、実質的には同じ内容」という認識の数学的な定式化が、「同型」という概念なのです。
もう少し掘り下げて考えてみましょう。
ゲームJとゲームPは違うゲームなのに、それらが「実質的には同じ内容」に見えるのは、何故でしょうか?
それは、「違いが些細なものだから」ということになるでしょう。ゲームJとゲームPの違いは「カード(選択肢)の名前」にあります。つまり、ゲームJでは「石」「ハサミ」「紙」が選択肢だけれども、ゲームPでは「炎」「草」「水」が選択肢で、名前が違うということです。でも、違いは、名前だけなのです。つまり、ゲームJにおいて、「石」という名前を「炎」という名前に、「ハサミ」という名前を「草」という名前に、そして「紙」という名前を「水」という名前に書き換えてしまいますと、その内容は完全にゲームPの内容になってしまう、ということです。(是非、実際にルールを見返してみて、「書き換え」の操作を実行してみてください。)
当たり前のことですが、この「選択肢の名称の書き換え」という操作は、ゲームの実質的な内容には変化をもたらしません。その程度の操作でゲームJがゲームPになってしまう以上、最初からとその2つのゲームは実質的には同じ内容だったのだ、ということになるわけなのです。
これが、ゲームJとゲームPがゲームとして同型だ、ということです。
(B)同型という概念とその使い方
ゲームに限らず、数体系(つまり、大雑把に言うと、数の集合)などの様々な数学的設定において、「同型」の概念を考えることができます。
前節で述べた通り、ある2つの数学的設定が同型だというのは、その文脈における考察下の実質的な内容には変化をもたらさない「名称の書き換え」を一方に施すだけで、他方と同じになってしまうことだ、と説明することができます。(ただし、数学的文脈では、「名称の書き換え」というより「記号の書き換え」といった方が馴染む例が多いかもしれません。)
そして、この説明に出てくる、当該文脈で着目している「実質的な内容」のことを、その設定の「構造」と呼んでいます。ですから、2つの数学的設定が同型だというのは、それらが本質的に同じ構造をしていることだ、と言えると思います。
そして、重要なのは、「同型な2つの数学的設定に関しては、一方の分析を他方の分析に帰着することができる」という考え方です(これについては、上のゲームの例を通じて、「まあ何となく、そうかな」くらいに思って頂ければ問題ありません)。更に、上の例でゲームJとゲームPが同型だったのはかなり当たり前でしたが、それとは違って、「一見、全然同型に見えないものが、実は驚くべきことに同型になる」といった状況も沢山あります。ですから、ひとたびそうした同型が証明できると、「Xのことを調べたいが全然よくわからない→驚くべきことにXとYが同型なので、そのおかげで、代わりにYを調べればよい→Yのことは頑張れば調べられる(ので、Xのことがわかる)」という方向性の議論によって、新たな数学的知見が得られることもしばしばあるのです。
こういうわけですので、「同型」は現代数学において非常に中心的な地位にある概念となっています。現代数学の様々な重要な定理や未解決問題の中にも、「これとこれが(驚くべきことに)同型である」という形で定式化可能なものも沢山あります。
(C)指数・対数関数がもたらす同型とその使い方
最後になりますが、抽象的な話だけで終わらせるのは気が引けますので、(数学的な詳細な議論には立ち入りませんが)一つ「驚くべき同型」の古典的な、初等的な例を挙げてみましょう。それは節タイトルの通り、指数・対数関数がもたらす同型です。
説明のための前提知識の復習になりますが、実数とは、いわゆる「数直線上にある数」、「(マイナスも含めた)普通の数」のことです。例えば0,1,2,3,...や-1,-2,-3,...といった整数は全部実数ですし、それらの割り算としてできる2分の1などの分数(有理数)も実数です。更にルート2や円周率などの、有理数ではない実数(無理数)も沢山存在します。
実数全体の集合(実数は全部入っていて、他のものは一切何も入っていない集合)は、数直線としてイメージすることができます。数直線上の1つ1つの点が、実数に対応しています。(集合という言葉を使いましたが、これは「集まり」という意味だと思っていただいて差支えありません。)したがってまた、正(プラス)の実数全体の集合は、数直線の0より右側の部分としてイメージすることができます。
高校数学で習う指数・対数関数を使うと、次のような2つの数学的設定XとYが同型になることが確かめられます(台集合という言葉は後で説明します)。なお、同型になる理由は詳しく説明しませんが、興味のある方は、本記事最後の補足も参考にしてみてください。
***** X *****
台集合=正の実数全体の集合
構造=(普通の、いつも通りの)掛け算
******
**** Y ****
台集合=実数全体の集合
構造=(普通の、いつも通りの)足し算
******
台集合というのは、その数学的設定の土台となる集合のことです。例えば、節(A)のゲームJの場合、台集合は3つの要素「石」「ハサミ」「紙」からなる集合{石、ハサミ、紙}です。また、ゲームPの場合、台集合は3つの要素からなる集合{炎、草、水}です。
ゲームの例では、ゲームのルール(台集合の2つの要素間の勝敗関係)を構造として考えていましたが、上のXやYでは計算ルールを構造にしています。なお、Xの台集合である正の実数全体の集合で足し算を考えたり、逆にYの台集合である実数全体の集合で掛け算を考えたりすることも可能ですし、更にまた別の計算ルールも色々考えられるのですが、そういった様々有り得る他の計算ルールは一切無視して、Xでは掛け算、Yでは足し算だけに注目している、というのが非常に大切なポイントです。
XとYは、台集合は一見似ているかもしれませんが、構造は、かたや掛け算、かたや足し算で、全然違います。ですから、これらが同型だというのは、本来それなりに驚くべき事実なのではないでしょうか。
「掛け算の計算は、足し算の計算よりも、かなり面倒くさい」ということは、読者も経験的によくご存知だと思います。つまり、数学的設定Xの構造は、数学的設定Yの構造よりも、一見かなり面倒くさいものなのです。しかし、指数・対数関数を使ってこれらが同型になりますので、本来非常に面倒くさいXにおける掛け算の計算を、それに比べると簡単なYにおける足し算の計算に帰着することができるようになるのです!
ただし、帰着のためには、同型の確認に使った指数・対数関数をあらかじめ計算しておく必要はあります。そのあらかじめ計算しておいたものをまとめた表は「対数表」と呼ばれます。15世紀後半に、指数・対数関数、そしてこの対数表の発明によって、大きな(天文学的な!)数の複雑な掛け算の計算を、ずっと簡単な足し算の計算に帰着できるようになりました。実際、対数関数や対数表の発明の動機には、天文学の研究における計算の効率化があったようです。
このような初等的な例でも、物事を「(数学的)構造」で捉えて、そして「同型」という概念・考え方を適用する、その威力がわかるのではないでしょうか。
そして現代数学では、前回記事に述べたように数学者自らの手でいくらでも多くの数学的対象を創造することができるようになるため、この「同型」の概念・考え方の適用範囲もそれに伴っていくらでも拡がり、ますますこの概念・考え方が重要になるのです。
******
(補足)集合を用いた「同型」の定式化
かなり数学的な補足になりますが、意欲ある読者に向けて、実際の数学的文脈では「同型」をどのように定式化するのか、ということをご説明したいと思います。
(A)節で論じた「名称の書き換え」は、(C)節で導入した「台集合」の概念を使うと、「台集合の間の一対一対応」と理解することができます。つまり、「石を炎に、ハサミを草に、紙を水に、名称を書き換える」という操作は、数学的には、次のような一対一対応として理解できます。
石 --(1)-- 炎
ハサミ --(2)-- 草
紙 --(3)-- 水
(一対一対応というのは、{石、ハサミ、紙}の要素も、{炎、草、水}の要素も、どちらも余らせたり重複させたりせず、全部がちょうど一回ずつ出てくるような対応のさせ方、ということです。同じ意味で全単射という言葉を使うこともあります。他にも「石と炎、ハサミと水、紙と草」なども一対一対応です。)
そして、この一対一対応を通じて、要素だけではなくゲーム構造もきちんと対応しています。
つまり例えば、
石 --(1)-- 炎
紙 --(3)-- 水
という対応を通じて、
「紙が石に勝つ」という事実と「水が炎に勝つ」という事実も、「(3)が(1)に勝つ」という意味で、対応するようになっています。(1)と(3)だけでなく、全ての組合せ(つまり、(2)と(3)や、(1)と(1)、等々)で、常にこのようなゲーム構造の整合性も成り立っています。この整合性の成立が、(A)節の説明における「名称の書き換えだけで、ゲームの内容が同じになってしまう」という指摘に相当します。
一般に、数学的設定XとYが同型である、という言葉は、このような「台集合の間の、構造と整合的な一対一対応」(同型対応と呼びます)の存在を意味するものとして理解できます。
(C)節で例示したXとYの場合、同型対応を作るとはどういうことかというと、Xの下部集合の各要素xに対してYの下部集合の要素f(x)をうまく決めることで、一対一対応で、かつ常にf(ab)=f(a)+f(b)が成り立つようにすることです。ここで対数関数が使えるのです。
******
(意欲ある読者に向けた、答えのない演習問題)
1.今回の記事の冒頭に、「同型」つまり「本質的には同じ構造をしている」というのは、我々の日常生活にも普通に見出すことができる、人間の認知の根本にかかわるともいえる概念だと述べました。そこで、そうした日常生活に見出される「同型」の例を、探したり考えたりしてみてください。
なお、本文で紹介したゲームの例よりも更に比喩的(非数学的)な例として、「一言一句同じ内容が書かれているが、紙やインクの材質が異なる2冊の本」は、何らかの意味では「同型」と言えるだろう、という例が挙げられると思います。こういった比喩的な例も含めて探したり考えたりしてみてください。
2.補足の内容に関する問題です。ゲームJとゲームPの間の同型対応としては、先程は「石と炎、ハサミと草、紙と水」を用いましたが、「石と草、ハサミと水、紙と炎」でも構いません。このことについて考えて納得してみてください。また、他にも可能な同型対応は存在するのですが、思いつきますか?
一方、「石と炎、ハサミと炎、紙と水」は不適切です(炎が重複して、草が余ってしまっていて、そもそも1対1対応になっていません)。他に、「石と炎、ハサミと水、紙と草」は、1対1対応になっているにも関わらず不適切ですが、なぜかわかりますか?他の「1対1対応にはなっているけど、同型対応にはなっていない」例は思いつきますか?
★「現代数学」、つまり大雑把には「大学の数学科レベルの数学」は、中高で習う数学と地続きに繋がっていながらも、様々な面で、全く新しい考え方に基づくものでもあります。筆者が数学を専攻することに決めたのも、この新しくも自然な考え方の数々に魅了されてのことでした。このコラムでは、現代数学におけるものの見方=「視座」、そしてそれによるものの見え方=「眺望」の解説を通じ、現代数学の魅力の一端をお伝えしていきます★
数学的構造と同型性
読者の皆さん、こんにちは。
K会数学科元講師の立原 礼也と申します。
第3回となる今回は、現代数学の重要な考え方である「数学的構造」(以下では単に「構造」と言います)の考え方、そして「同型」という考え方について、具体例を通じてご紹介したいと思います。
これらの概念の重要性は筆舌に尽くしがたいものであって、筆者としては「現代数学で最も重要な概念だ」と言い切ってしまいたいほどです。また、一見、前回までとは話題がガラリと変わるようですが、実は(今回は詳しく説明する余裕がありませんが)前回記事の「創造」(あるいは「シミュレート」)の話題とも切り離せない関係があります。
さて、実は、「同型」というのは、数学に限らず、我々の日常生活にも見出すことができる、人間の認知の根本にかかわるともいえる概念です。そして、この「同型」の概念に数学的に厳密な定式化を与えることは、「構造」を考えるに至る動機の重要な一つとなっています。
そういうわけですから、「構造」の説明のためにも、まず「同型」の概念を具体例を用いて説明するところから始めましょう。(なお、余談ですが、この「同型」の概念は、その重要性にも関わらず、数学の教科書ではあっさりとした紹介で済まされてしまっていることも多いのですが、K会の現代数学講座のテキストではきちんと紙面を割いて丁寧に解説を行っています。)
説明の整理のために、内容を複数の節にわけさせてください。
(A)ゲームの同型
それでは本題に入りましょう。
「同型」の概念の、具体例による解説です。節タイトルの通り、「ゲーム」の例を用いた説明を試みます。これは数学的な例というよりは、むしろ日常生活に近い例になっています。また、その事情から推察可能な通り、我々はこの文脈における「ゲーム」という概念自体を数学的に正確な形で定式化するわけではありませんので、その結果、残念ながら、以下の例に関して数学的に厳密な議論はできません。それでも、この例を通じて、「同型」というのが大体どういう概念なのかは伝わるかと思います。
では唐突ですが、次のようなゲームを考えて、それをゲームJと呼びましょう。
*****ゲームJのルール*****
(J-0)2人のプレイヤーで行う。各プレイヤーは、「石」「ハサミ」「紙」と書かれたカードを1枚ずつ、計3枚持っている。
(J-1)各プレイヤーは、自分の持っているカードから1枚を、公開せずに選択する。
(J-2)各プレイヤーが選択したカードが同時に公開される。
(J-3)公開された2枚のカードの組合せが
「石」と「ハサミ」ならば、「石」を選択したプレイヤーの勝利となる。
「ハサミ」と「紙」ならば、「ハサミ」を選択したプレイヤーの勝利となる。
「紙」と「石」ならば、「紙」を選択したプレイヤーの勝利となる。
それ以外の場合は、引き分けとなる。
**********
お察しの方もいらっしゃるかと思いますが、ゲームJは、世間では「じゃんけん」と呼ばれているもの(を、記述の都合上、カードを用いて再現したもの)です。(英語圏のじゃんけんでは、グーが石、チョキがハサミ、パーが紙となっています。)
今度は、また突然ですが、ゲームJとはまた別の、ゲームPについても考えてみましょう。
*****ゲームPのルール*****
(P-0)2人のプレイヤーで行う。各プレイヤーは、「炎」「草」「水」と書かれたカードを1枚ずつ、計3枚持っている。
(P-1)各プレイヤーは、自分の持っているカードから1枚を、公開せずに選択する。
(P-2)各プレイヤーが選択したカードが同時に公開される。
(P-3)公開された2枚のカードの組合せが
「炎」と「草」ならば、「炎」を選択したプレイヤーの勝利となる。
「草」と「水」ならば、「草」を選択したプレイヤーの勝利となる。
「水」と「炎」ならば、「水」を選択したプレイヤーの勝利となる。
それ以外の場合は、引き分けとなる。
(ゲームPは、ある有名な電子ゲームの内容のごく一部を切り取って、大幅に単純化したものになっています。)
ゲームJとゲームPは、もちろん、違うゲームです。ゲームJには「紙」が出てきますが、ゲームPには「紙」は出てきません。ゲームPには「炎」が出てきますが、ゲームJには「炎」は出てきません。こういった違いがありますから、これらのゲームは、確かに、違うゲームなのです。
しかし、見比べてみると、読者は、ゲームJとゲームPが「見た目は違うかもしれないけれど、実質的には同じ内容のゲーム」である、ということに気付くのではないでしょうか。(ピンとこなかった読者は、改めてゲームJとゲームPの内容を確認した上で読み進めてください。)つまり、ゲームJの性質を分析したければゲームPを代わりに分析してもよいし、逆も然りだ、といったことには納得がいくと思います。また、「3すくみ」という概念を知っていて、「ゲームJもゲームPも、つまり結局、3すくみだ」という理解に到達した読者もいるでしょう。
この「見た目は違うかもしれないけれど、実質的には同じ内容」という認識の数学的な定式化が、「同型」という概念なのです。
もう少し掘り下げて考えてみましょう。
ゲームJとゲームPは違うゲームなのに、それらが「実質的には同じ内容」に見えるのは、何故でしょうか?
それは、「違いが些細なものだから」ということになるでしょう。ゲームJとゲームPの違いは「カード(選択肢)の名前」にあります。つまり、ゲームJでは「石」「ハサミ」「紙」が選択肢だけれども、ゲームPでは「炎」「草」「水」が選択肢で、名前が違うということです。でも、違いは、名前だけなのです。つまり、ゲームJにおいて、「石」という名前を「炎」という名前に、「ハサミ」という名前を「草」という名前に、そして「紙」という名前を「水」という名前に書き換えてしまいますと、その内容は完全にゲームPの内容になってしまう、ということです。(是非、実際にルールを見返してみて、「書き換え」の操作を実行してみてください。)
当たり前のことですが、この「選択肢の名称の書き換え」という操作は、ゲームの実質的な内容には変化をもたらしません。その程度の操作でゲームJがゲームPになってしまう以上、最初からとその2つのゲームは実質的には同じ内容だったのだ、ということになるわけなのです。
これが、ゲームJとゲームPがゲームとして同型だ、ということです。
(B)同型という概念とその使い方
ゲームに限らず、数体系(つまり、大雑把に言うと、数の集合)などの様々な数学的設定において、「同型」の概念を考えることができます。
前節で述べた通り、ある2つの数学的設定が同型だというのは、その文脈における考察下の実質的な内容には変化をもたらさない「名称の書き換え」を一方に施すだけで、他方と同じになってしまうことだ、と説明することができます。(ただし、数学的文脈では、「名称の書き換え」というより「記号の書き換え」といった方が馴染む例が多いかもしれません。)
そして、この説明に出てくる、当該文脈で着目している「実質的な内容」のことを、その設定の「構造」と呼んでいます。ですから、2つの数学的設定が同型だというのは、それらが本質的に同じ構造をしていることだ、と言えると思います。
そして、重要なのは、「同型な2つの数学的設定に関しては、一方の分析を他方の分析に帰着することができる」という考え方です(これについては、上のゲームの例を通じて、「まあ何となく、そうかな」くらいに思って頂ければ問題ありません)。更に、上の例でゲームJとゲームPが同型だったのはかなり当たり前でしたが、それとは違って、「一見、全然同型に見えないものが、実は驚くべきことに同型になる」といった状況も沢山あります。ですから、ひとたびそうした同型が証明できると、「Xのことを調べたいが全然よくわからない→驚くべきことにXとYが同型なので、そのおかげで、代わりにYを調べればよい→Yのことは頑張れば調べられる(ので、Xのことがわかる)」という方向性の議論によって、新たな数学的知見が得られることもしばしばあるのです。
こういうわけですので、「同型」は現代数学において非常に中心的な地位にある概念となっています。現代数学の様々な重要な定理や未解決問題の中にも、「これとこれが(驚くべきことに)同型である」という形で定式化可能なものも沢山あります。
(C)指数・対数関数がもたらす同型とその使い方
最後になりますが、抽象的な話だけで終わらせるのは気が引けますので、(数学的な詳細な議論には立ち入りませんが)一つ「驚くべき同型」の古典的な、初等的な例を挙げてみましょう。それは節タイトルの通り、指数・対数関数がもたらす同型です。
説明のための前提知識の復習になりますが、実数とは、いわゆる「数直線上にある数」、「(マイナスも含めた)普通の数」のことです。例えば0,1,2,3,...や-1,-2,-3,...といった整数は全部実数ですし、それらの割り算としてできる2分の1などの分数(有理数)も実数です。更にルート2や円周率などの、有理数ではない実数(無理数)も沢山存在します。
実数全体の集合(実数は全部入っていて、他のものは一切何も入っていない集合)は、数直線としてイメージすることができます。数直線上の1つ1つの点が、実数に対応しています。(集合という言葉を使いましたが、これは「集まり」という意味だと思っていただいて差支えありません。)したがってまた、正(プラス)の実数全体の集合は、数直線の0より右側の部分としてイメージすることができます。
高校数学で習う指数・対数関数を使うと、次のような2つの数学的設定XとYが同型になることが確かめられます(台集合という言葉は後で説明します)。なお、同型になる理由は詳しく説明しませんが、興味のある方は、本記事最後の補足も参考にしてみてください。
***** X *****
台集合=正の実数全体の集合
構造=(普通の、いつも通りの)掛け算
******
**** Y ****
台集合=実数全体の集合
構造=(普通の、いつも通りの)足し算
******
台集合というのは、その数学的設定の土台となる集合のことです。例えば、節(A)のゲームJの場合、台集合は3つの要素「石」「ハサミ」「紙」からなる集合{石、ハサミ、紙}です。また、ゲームPの場合、台集合は3つの要素からなる集合{炎、草、水}です。
ゲームの例では、ゲームのルール(台集合の2つの要素間の勝敗関係)を構造として考えていましたが、上のXやYでは計算ルールを構造にしています。なお、Xの台集合である正の実数全体の集合で足し算を考えたり、逆にYの台集合である実数全体の集合で掛け算を考えたりすることも可能ですし、更にまた別の計算ルールも色々考えられるのですが、そういった様々有り得る他の計算ルールは一切無視して、Xでは掛け算、Yでは足し算だけに注目している、というのが非常に大切なポイントです。
XとYは、台集合は一見似ているかもしれませんが、構造は、かたや掛け算、かたや足し算で、全然違います。ですから、これらが同型だというのは、本来それなりに驚くべき事実なのではないでしょうか。
「掛け算の計算は、足し算の計算よりも、かなり面倒くさい」ということは、読者も経験的によくご存知だと思います。つまり、数学的設定Xの構造は、数学的設定Yの構造よりも、一見かなり面倒くさいものなのです。しかし、指数・対数関数を使ってこれらが同型になりますので、本来非常に面倒くさいXにおける掛け算の計算を、それに比べると簡単なYにおける足し算の計算に帰着することができるようになるのです!
ただし、帰着のためには、同型の確認に使った指数・対数関数をあらかじめ計算しておく必要はあります。そのあらかじめ計算しておいたものをまとめた表は「対数表」と呼ばれます。15世紀後半に、指数・対数関数、そしてこの対数表の発明によって、大きな(天文学的な!)数の複雑な掛け算の計算を、ずっと簡単な足し算の計算に帰着できるようになりました。実際、対数関数や対数表の発明の動機には、天文学の研究における計算の効率化があったようです。
このような初等的な例でも、物事を「(数学的)構造」で捉えて、そして「同型」という概念・考え方を適用する、その威力がわかるのではないでしょうか。
そして現代数学では、前回記事に述べたように数学者自らの手でいくらでも多くの数学的対象を創造することができるようになるため、この「同型」の概念・考え方の適用範囲もそれに伴っていくらでも拡がり、ますますこの概念・考え方が重要になるのです。
******
(補足)集合を用いた「同型」の定式化
かなり数学的な補足になりますが、意欲ある読者に向けて、実際の数学的文脈では「同型」をどのように定式化するのか、ということをご説明したいと思います。
(A)節で論じた「名称の書き換え」は、(C)節で導入した「台集合」の概念を使うと、「台集合の間の一対一対応」と理解することができます。つまり、「石を炎に、ハサミを草に、紙を水に、名称を書き換える」という操作は、数学的には、次のような一対一対応として理解できます。
石 --(1)-- 炎
ハサミ --(2)-- 草
紙 --(3)-- 水
(一対一対応というのは、{石、ハサミ、紙}の要素も、{炎、草、水}の要素も、どちらも余らせたり重複させたりせず、全部がちょうど一回ずつ出てくるような対応のさせ方、ということです。同じ意味で全単射という言葉を使うこともあります。他にも「石と炎、ハサミと水、紙と草」なども一対一対応です。)
そして、この一対一対応を通じて、要素だけではなくゲーム構造もきちんと対応しています。
つまり例えば、
石 --(1)-- 炎
紙 --(3)-- 水
という対応を通じて、
「紙が石に勝つ」という事実と「水が炎に勝つ」という事実も、「(3)が(1)に勝つ」という意味で、対応するようになっています。(1)と(3)だけでなく、全ての組合せ(つまり、(2)と(3)や、(1)と(1)、等々)で、常にこのようなゲーム構造の整合性も成り立っています。この整合性の成立が、(A)節の説明における「名称の書き換えだけで、ゲームの内容が同じになってしまう」という指摘に相当します。
一般に、数学的設定XとYが同型である、という言葉は、このような「台集合の間の、構造と整合的な一対一対応」(同型対応と呼びます)の存在を意味するものとして理解できます。
(C)節で例示したXとYの場合、同型対応を作るとはどういうことかというと、Xの下部集合の各要素xに対してYの下部集合の要素f(x)をうまく決めることで、一対一対応で、かつ常にf(ab)=f(a)+f(b)が成り立つようにすることです。ここで対数関数が使えるのです。
******
(意欲ある読者に向けた、答えのない演習問題)
1.今回の記事の冒頭に、「同型」つまり「本質的には同じ構造をしている」というのは、我々の日常生活にも普通に見出すことができる、人間の認知の根本にかかわるともいえる概念だと述べました。そこで、そうした日常生活に見出される「同型」の例を、探したり考えたりしてみてください。
なお、本文で紹介したゲームの例よりも更に比喩的(非数学的)な例として、「一言一句同じ内容が書かれているが、紙やインクの材質が異なる2冊の本」は、何らかの意味では「同型」と言えるだろう、という例が挙げられると思います。こういった比喩的な例も含めて探したり考えたりしてみてください。
2.補足の内容に関する問題です。ゲームJとゲームPの間の同型対応としては、先程は「石と炎、ハサミと草、紙と水」を用いましたが、「石と草、ハサミと水、紙と炎」でも構いません。このことについて考えて納得してみてください。また、他にも可能な同型対応は存在するのですが、思いつきますか?
一方、「石と炎、ハサミと炎、紙と水」は不適切です(炎が重複して、草が余ってしまっていて、そもそも1対1対応になっていません)。他に、「石と炎、ハサミと水、紙と草」は、1対1対応になっているにも関わらず不適切ですが、なぜかわかりますか?他の「1対1対応にはなっているけど、同型対応にはなっていない」例は思いつきますか?
★夏期講習のお知らせ④★
2024年7月23日 更新
みなさんこんにちは。K会事務局です!
夏期講習の開始まで1週間を切りました!
第1ターム(7/30~8/2)の講座は7/27(土)19:00までがお申込期限です。
特に「結び目理論」「数学オリンピックに学ぶ証明問題の考え方(対面)」は締切間近です。
✕:締切 ▼:残り3名以下 △:残り10名以下 〇:残り10名以上
※数学オリンピックに学ぶ証明問題の考え方の映像受講については定員は関係ございません
※講座の詳細はこちらから
また、5ターム「Pythonではじめるプログラミング入門」も締切間近となりました。
こちらの申込期限は8/17(土)となっておりますが、定員に達し次第申し込みは終了といたします。
暑い日が続いています。講習受講の際は授業中であっても適度に水分補給を心がけましょう。
お飲み物を忘れた場合は、5階にある自動販売機でご購入いただけます。
また、教室の寒い・暑いなどは遠慮なく講師へお申し出ください。空調を調整いたします。
一方で、寒い暑いの感覚はそれぞれ異なります。自由席ですので冷房が丁度良い位置に移動したり、寒い場合は一枚羽織るものを用意するなど、ご自身でも快適に過ごせるように調節をお願いします。
※マスクの着用はスタッフ・講師を含め任意としております。
それでは、夏期講習で皆さんにお会いできることを楽しみにしております♪
お申込・お問合せ
K会事務局 ☎03-3813-4581
受付時間 火~土曜日(13:00-19:00)
夏期講習の開始まで1週間を切りました!
第1ターム(7/30~8/2)の講座は7/27(土)19:00までがお申込期限です。
特に「結び目理論」「数学オリンピックに学ぶ証明問題の考え方(対面)」は締切間近です。
ターム | 時限 | 講座名 | 空き状況 |
---|---|---|---|
1 | 1 | 化学で世界を理解する | △ |
1 | 2 | 結び目理論 | ▼ |
1 | 2 | 数学オリンピックに学ぶ証明問題の考え方 | ▼ |
1 | 2 | 地理オリンピック国内予選問題研究会2024 | 〇 |
2 | 1 | 座標幾何 | 〇 |
2 | 1 | 情報オリンピック予選問題に挑戦! | △ |
2 | 1 | 言語学オリンピックで入門する音韻論 | △ |
2 | 2 | 極限 | 〇 |
2 | 2 | 形式言語理論と数理言語学 | △ |
3 | 1 | 数 | △ |
3 | 1 | 英語で読むNIPPON論 | 〇 |
3 | 2 | 整数論 | 〇 |
3 | 2 | 論理回路入門 | 〇 |
3 | 2 | 神経科学と精神医学 | 〇 |
4 | 1 | 初等幾何 | 〇 |
4 | 1 | 地質学 | 〇 |
4 | 1 | 古生物学 | 〇 |
4 | 2 | フィボナッチ数 | 〇 |
4 | 2 | Pythonではじめるプログラミング入門 | ▼ |
4 | 2 | 物理数学 | 〇 |
※数学オリンピックに学ぶ証明問題の考え方の映像受講については定員は関係ございません
※講座の詳細はこちらから
また、5ターム「Pythonではじめるプログラミング入門」も締切間近となりました。
こちらの申込期限は8/17(土)となっておりますが、定員に達し次第申し込みは終了といたします。
暑い日が続いています。講習受講の際は授業中であっても適度に水分補給を心がけましょう。
お飲み物を忘れた場合は、5階にある自動販売機でご購入いただけます。
また、教室の寒い・暑いなどは遠慮なく講師へお申し出ください。空調を調整いたします。
一方で、寒い暑いの感覚はそれぞれ異なります。自由席ですので冷房が丁度良い位置に移動したり、寒い場合は一枚羽織るものを用意するなど、ご自身でも快適に過ごせるように調節をお願いします。
※マスクの着用はスタッフ・講師を含め任意としております。
それでは、夏期講習で皆さんにお会いできることを楽しみにしております♪
お申込・お問合せ
K会事務局 ☎03-3813-4581
受付時間 火~土曜日(13:00-19:00)