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予備校には「勉強」しに来るのではなく、「学習」のために来ると言える

「自分の出来なさ」を知ってこそ、人に教えを請う謙虚さのスタートラインに立てる

習慣と環境が人を造る

現役生にせよ、高卒生にせよ、予備校に来る一番の理由は「学力を上げるため」に違いありません。ただし、「学力を上げる」にもいろんな要素がありますから、少し詳しく見ていきましょう。
予備校にはチュートリアルという時間があります。各種情報を提供したり、連絡事項を伝えたりする時間ですが、時折アンケートや書類を記入してもらって回収することがあります。授業に関するアンケートなどは、河合塾ではマークシート用紙を使用しているので、見た目には試験を受けているような風景に見えなくもありません。
この時、アンケート記入のスピードに、その人の日頃のリズムというか習慣が感じられるのは興味深いことです。無駄な時間を嫌う人は、アンケートを記入する時の集中度が高く、マークシート用紙の塗り方も非常に速い傾向があるようなのです。
一般の人にとって、こういうことが速くても遅くても何の値打ちもないものですが、受験生は「日常から受験モードの意識」を育てるために重要な習慣だといえるでしょう。だからといって、口やかましく指導したところで彼らにはピンときませんから、試験ではない時に最大限のスピードで何にでも取り組むスタンスを彼らに持たせることは困難です。そこで、「立場が人を造る」ことを念頭において、仲間うちでちょっとした競争意識を演出する訳です。
つまり、彼らを指導してレベルを高めるためには、彼ら自身がレベルの高いグループにいたいという心理・・・そして、その一角を担う自分もレベルを高くしないとそこにいてはいけない・・・という、グループ構成員の「集団維持機能」が彼ら自身に向かうようにつとめるように指導します。若い人たちは、大人に対しては平気でも、仲間うちで恥をかくのを嫌う傾向があるものです。そこで、8割の人がアンケート記入を終了しているくらいの時間で、「もう終了した人は挙手」とやる訳です。すると、クラスの中で「ボーッとのんびりと何でもやる生活習慣」の2割の人が、「ちょっと自分が違っている」ことをそれとなく意識する状況が出来上がり、何度もこういう訓練を重ねる中で、全員が標準的な「受験生に必要なモード」に切り替わっていく訳です。

自己本意の「勉強」、理想的な「学習」

では、家で一人きりで学習をしていて、そういう雰囲気を自分の中に造る緊張感を「習い症」にできるでしょうか。「同じ教材をしていさえすれば、効果は同じだ」と主張する人がいますが、それは単に外見だけを比較しているだけです。学習とは、教材の内容だけではなく、取り組みスタンスも含めて学ぶことです。ですから私は、学力をつけることが主体の「勉強」という呼び方を使わず、時間軸の集中度を加味した「学習」という呼び方をすることにしています。
多くの人は教材が何冊・・・というようなの物理的な量で学習の量をはかるものですが、ここに大きな落とし穴があります。つまり、量だけに目を奪われれば、どれくらいの時間をかけてその教材をこなしたかという「時間軸(集中度)」の指標が「視点として欠ける」からです。「英語の熟語を700語ほど覚えた」と言われても、周りの人は「がんばったんだね」という反応しかしないでしょう。ところが、先の言葉の前に「わずか2週間で・・・」と言葉を継ぎ足したらきっと反応は違うはずです。「えぇーっ、どうやったの」「ちょっと、スゴくない」となるはずですね。
700の英熟語を身につけることは「勉強」ですが、2週間で700の英熟語を身につけることは「学習」なのです。自分一人だけで自宅で学習していても、時間軸での目指すべきレベルは見えません。あえて予備校に来るのは、学力アップのためのみならず教材への取り組みスタンスも身につけようという、「二つの自分」を育てるためです。つまり、予備校には「勉強」しに来るのではなく、「学習」のために来るということができるでしょう。人間は弱いものです。どんなに心がけても、一人だけで教材に取り組んでもいたのでは、理想的な学習習慣を身につけるチャンスを喪失する可能性が高いのです。

理想的なアウトプットのために

「学習」が明確になれば受験生は寸時を惜しんで机に向かうでしょうが、それを答案にアウトプットする方法にも注目したいものです。答案は他人が「読む」ものです。ですから、どのように答案を記述するかは受験生の採点者への親切心であり、心遣いともいえるはずです。
友人が多ければ色々なアドバイスをもらえそうなものですが、なかなかそうはいきません。というのも、不思議なことに、これまでご指導してきたほとんどすべての人が「友人の答案は見たことがない」というからです。受験生はどんなに親しい友達どうしでも、お互いに答案を見せ合う習慣がほとんどありません。他人がどのようなアウトプットをしたか参考にすることが少ないのが、今時の受験生なのです。
学習量に比例した得点が出ない生徒を見ていると、①答案の文字が汚い、②内容を省略している、など不安定なアウトプットが多いことに気づきます。答案には受験生本人の生き方が反映されていることが多いのです。

少し前のこと、寮に入って学習しているある受験生がいました。寮生は共有するべき空間が多いのですから、慎むべきことがあるはずです。ところが彼は自己本位の行動が日常生活であまりに目立つので、再三注意したものです。しかし、これがなかなか直せないのです。
彼の部屋は廊下の一番端にあったので、廊下に自分の荷物や段ボール箱を勝手に出して、倉庫代わりに使うだらしなさです。寮の共有自習室では、数席にわたって勝手に自分の教材を並べっぱなしにして、何日も片づけないような有り様でした。授業は好きなものだけに出て勝手に休むものもあり、連絡事項を伝えるチュートリアルの時間にも欠席するなど、自己本位が服を着て歩いているような人でした。
肝心の成績は、良いときもあれば悪いときもあるという不安定な状況です。添削が返却された時に「これで減点はないだろう」と採点にケチをつけているのを見かけた時、これはまずいなぁと思いました。生活だけが自己本位で答案がそうでなければ良いのですが、明らかに自己本位が答案にまで出てきていることが見えたからです。
「分かればいいだろう」という自己本位が習い症になれば、答案は採点者が見るものだという意識が薄れます。答案はある意味、相手へのメッセージですから親切心が大切なのではないでしょうか。
私は諦めずに、再三彼に生活態度を改めるように諭し、皆に迷惑をかけないように最低限の片づけをするようにも伝えました。しかし、彼は最後まで諸注意を実行できず、結果的に医学部に合格することもありませんでした。最後まで答案の自己本位は治らなかったようです。

予備校に来る主たる目的の「学力を上げる」ためには、場合によっては自分を成長させ、変わることが必要です。人は何でも他人のせいにしたいものですから、自分が伸びないのは「教え方が悪いからだ」と思いたくもなります。しかし、自分の成績が伸びない本当の理由は、自分の日常にあるのかもしれませんね。自分本位の考え方やスタンスを変えれば、上の生徒のようなうまくいかない状況は、脱却できるに違いありません。
他人と比べることで、自分の出来なさをあぶり出すことは、精神衛生上で悪いことのようにいう人がいます。しかし、他人と比べるからこそ、「自分の出来なさ」への下座ができることもあるはずです。予備校はその環境を手に入れるために、理想的な機能を果たすでしょう。「自分の出来なさ」を知ってこそ、人に教えを請う謙虚さのスタートラインに立てるというものです。