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成功するために自分を変えることに、遅いも早いもない

謙虚さに欠けていたKくん、三度の失敗を経て得た新しいスタートラインがありました。

受験生の背伸び

「失敗」を戒めるために「転ばぬ先の杖」という一方、「後悔先に立たず」という反対の言い回しもあるのは面白いことです。古い時代から、多くの場面で二種類の真逆の生き方をする人間が、両方ともいたという証かも知れませんね。
受験で「失敗」といえば、もちろん不合格になることを指していますから、そうならないように指導するのが予備校の役目です。しかし、頑固な生徒の場合、それがなかなかうまくいかないことがあるものです。特に医学部を志望する生徒の場合、それなりに学力がある人が多いので、自分のやり方にある程度の自信を持っているケースが少なくありません。ある程度はよいとしても、あまりに自信過剰になるとどうしても基本的なことよりも、演習中心にしようという背伸びした学習になってしまいがちです。自制心の乏しい生徒の場合、自分を冷静に見つめるチャンスを失ってしまうことにも繋がりかねないことには注意が必要でしょう。

自信過剰のKくんとともに

ある年に、私のクラスに所属していたKくんのお話をしましょう。彼は地方都市の出身の人で、浪人して河合塾で学習することになりました。地方出身の方なので、河合塾の塾生寮に入って通学することになり、寮生活と塾生活という両面でのスタートになりました。自宅から離れての学習生活ですから、当然それなりにこちらも気をつかいます。
口幅ったいのですが、自分としては親代わりくらいの気持ちで生徒に接していますので、少しよけいなお節介を焼くくらいでちょうどだと思っています。寮室の訪問をし、部屋の学習環境や生活環境が整っているか、保護者の代わりと思ってチェックすることもあります。
さて、そのKくんは現役の際に一度は入試に失敗して浪人した訳ですから、普通はこの段階である程度は謙虚になってもよさそうなものです。ところが、医進の生徒の特徴として、それが「自分の何かがいけなかった」からだと思わない人が一定程度存在するのです。彼もそのようなタイプの一人だったといえるでしょう。
では、なぜそういうタイプの人は、「自分の何かがいけなかった」と思えないのでしょうか。以前にも多少触れたことがありますが、それは彼らが自分の状況を「弱点」と「苦手」の二つに分けて考えているからです。「弱点」は「やっていないからできない」ことで、彼らの感覚では「やっていなくてできないのは仕方がない」という理屈なのです。つまり、1年浪人することで「やっていない」項目を十分に対処する時間が与えられる...だから今年はできる。これは、「自分の学習のやり方は間違っていない」という理屈を生みます。
一方、「苦手」は「やってもできない」項目のことで、こちらは自分の反省点として彼らの中にあります。多くは関心のないことや興味のない科目の学習でおこる場合が多く、これは「自分のやり方がよくない」という理屈を生みます。
Kくんは自分が特に「苦手」なものがなく、あくまで時間が足りなかったからできなかっただけだと「弱点」のみに自己分析を集約していたため、謙虚に物事を反省することが難しくなっていました。ある時、面談で彼の学習の仕方が気になったので、「テキストに準拠」して学習範囲の基本を網羅するように注意しました。実は、彼は河合塾のテキスト以外に問題集も併用していたのですが、客観的に彼の実力を考えて私はこれをやめさせようとした訳です。河合塾のテキストは各教科とも全体を体系的に学習できるようにできており、問題集をそれに足す生徒は相当の学力がある、ごく一部の生徒のみなのが普通です。あまり言いたくはありませんが、彼はそのレベルでにはとても到達できていませんでしたので、基本に忠実に学習させ、その上で地方国公立大を目指して合格させたいというのが私の陰ながらの方針でした。彼のプライドを傷つけず、基本が抜けていることを何とか回避させたいという私の親心のようなものです。
ところが、「親の心、子知らず」というもので、彼は問題集の難問演習から抜け出せず、しまいにはとうとう授業の一部も欠席するようになりました。また、最終的な出願先では、地方国公立大を私が勧めたにも関わらず、頑なに近畿圏にある難関国立大に出願した上、不合格になってしまったのです。もちろん後期も不合格になり、何から何まで自己本位でやった結果、2度目の受験失敗となってしまいました。

Kくんともう一度チャレンジを

Kくんのように医学部受験が1浪で収まらないケースは少なくありませんが、彼の場合は努力の方向性がややいびつなことが問題でしたから、心を入れ替えてスタートしなければ同じようなことの繰り返しになりかねません。私としてはあきらめずにもう一度彼を手元に置いて、1年の長丁場で学習指導に付き合っていこうと考えていました。予備校の医進チューターは、けっこう自分の人生をすり減らしてでも、合格するまで生徒に付き添うものなのです。
ところが、彼は地方から寮に入って来ていたものですから、2年目も寮に入って学習するのは学費的に難しいということになり、結果的に「宅浪」することになりました。河合塾のテキストがあるので、これを使って学習をもう一度するという訳です。本来的には宅浪はある事情があって好ましくないと私は考えていますが、寮のことを考えると無理強いすることもできずというところです。そうはいっても彼のことは気になります。そこで、模試を毎回受験するように言い聞かせ、年間で節目に応じて成績を見ながら学習指針などを電話でやりとりすることにしました。本来、河合塾の生徒でなくなれば、もう指導をしなくてもいいのでしょうが、あくまで私が個人的に彼を捨て置けず、気になるので指導することにしたのです。
さて、ここで2浪目の学習がスタートしました。河合塾のテキストの学習を順調に進めていくと、多くの生徒は不思議な体験をします。前回にテキストを使って学習していた時にはあまり気にならなかったところが、今回はいくつかの発見があるという体験です。同じことをやっていても、入り方が前回と違うのです。前に難しいと感じたことが今回は理解でき、大きな力がついていることを実感するのです。
このまま順調にすすめば、それなりの成果が出るに違いありません。ところが、ここで彼の悪い虫がまた出始めたのです。せっかく以前よりもできるのだから、よりアドバンテージを得るために難度の高い問題集を中心に学習を変えた方がよいのではないか、という考えです。私からいえば、「またやるか」というところですが、当の本人は以前に失敗したことを気にする気配はありません。「今年のオレはちょっと違うぞ」とでも言わんばかりです。
電話で指導していますから、そこは以前よりもこちらに分が悪いというものです。寮にいる時には部屋までいってでも指導しましたが、今回は、電話を「カチャ」っと切られればそれでおしまいです。2学期のはじまりくらいまではまじめだった彼ですが、しだいに以前よりもグレードの高めの問題集を中心に学習するようになりはじめ、何となくよくない空気感がありました。何度も学習の中心を考え直すようにいいましたが、一度走り始めると彼のブレーキは効かなくなっていくのでした。やがて、電話にもなかなか出なくなり、そのうちついにまた出願のシーズンがやってきたのです。

三度目の失敗と新しいスタートライン

さて、入試シーズンになる頃には、彼はなかなか電話にも出なくなっていました。実際に出願先をどうするかの相談も出来ずじまいになってしまいましたが、こういうことは「風の噂」で分かることがあります。愛媛大を受験しにいった別の2浪生がおり、「Kくんに受験会場で会いましたよ。彼も愛媛大受験ですね。」という具合です。
いよいよ合否発表の日、本人に確認しようと電話してみましたが、電話に出てくれません。以前から電話に出なくなりつつありましたが、こういう時の電話に出ないことには、別のメッセージ性があります。つまり、「不合格だったので電話に出たくない」ということなのではないか...ということです。
本人に確認は取れませんでしたが、これもまた「風の噂」で分かることがあります。先ほどKくんを愛媛大で見たという塾生は合格していたのですが、彼いわく「Kくんは僕の3席前で受験していましたから、合格者番号ないです...落ちてますね」ということでした。彼はこれで、医学部に3度目の不合格になってしまいました。彼の性分が招いたことではありますが、私個人はかなりこだわりを持って指導してきたので、少し残念に思ったものです。
さて、そうはいっても翌年にもう一度チャレンジするしか方法はないのですから、どうするのかを尋ねようとして何度か電話しましたが彼は出ず、私も忙しくしているうちについに新年度の4月がスタートしてしまいました。するとしばらくして、4月の第1週目が終わろうかという時にKくん本人から私に電話がありました。
「ご無沙汰しています。」
「久しぶりじゃないの、どうしてるの。元気でやっていますか。」
「実はお伝えしたいことがあって電話しました。」
「三浪目のご相談ですか?」
「いえ、そうではなく、実は今年は愛媛大を受験したんですが不合格になりまして...。それであの...そのあとなんですけど、愛媛大から連絡があって追加合格で入学できることになったんです。」
なんと、愛媛大の入学辞退者の欠員補充で一度不合格になったKくんが追加合格したというのです。あまり知られていないことですが、国公立大は毎年80名程度の追加合格者を出しており、Kくんがたまたまそのうちの一人になったということでした。
「えーっ、よかったじゃないの。」
「いえ、それはそうなんですが、そこではなくて実は別の要件なんです。山口さんには河合塾にいる時と宅浪している時で、合計2年お世話になりました。けど、自分のやり方を突き通した挙句、自分は2回とも受験に失敗しまして...。追加の繰り上げ入学だから、僕は愛媛大のベッタ...最下位入学です。最下位からのスタートですから、これまでのやり方ではダメだと思うんですね。これからは心を入れ替えて多くの人のアドバイスを出来るだけ聞いて、世の中の役に立つドクターになりたいと思ったんです。そのことをお伝えしたくて今日は電話しました」
電話の向こうから噛みしめるように、Kくんは私にそういってくれました。頑なにこだわった自分への甘い評価が失敗だったと...、謙虚さに欠けていたと彼は語りました。三度の失敗は彼に新しいスタートラインを準備してくれたようです。

あれから10年の月日が経ちました。今、Kくんは自分の出身県の労災病院でドクターとして活躍しています。すでに第一線で活躍している彼でさえ、受験生の時には多くの失敗を重ねて自分を成長させているのです。「転ばぬ先の杖」とは、よく考えれば転んだことが痛かったことを自覚している人がいう言葉のように思います。つまり、失敗したことがある人が「失敗しない方がいいよ」といっているのですね。そのために自分を変えることに、遅いも早いもありません。いくつになっても、何年経とうが、変えることが必要だと悟った時がその時です。そしてその時とは、自分を支えてくれている周りの方に、感謝ができるようになった時なのだろうと私は思うのです。