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部屋が片づいていない人=勉強もできない人??

あなたは日常的に「やる時はやる」人になれていますか?「合格に値する人」になる努力をしよう

日常で重視するものは何か

人の性格は、いろんなものに連動していることが多いようです。ということは、日常で何を重視しているかということと、受験の時に何を重視しているかは連動しているということです。
受験生の日常行動では、一見たいそうに見えることが大したことなく、大したことなく見えることがたいそうなことに結びつくことがあるのは不思議です。
例えば、部屋が片づいていない人を見ると、一見、勉強も出来なさそうなイメージを受けます。では、その人が頭の中まで片づいていないのかというと、そうでもないのです。実際、部屋が片づいていなくても成績の高い人はいます。これまでの指導経験からいうと、部屋が片づいていない人にはどうも2種類のタイプがあるようです。
一つは「学習の本質を優先した結果として部屋を片づけない人」、つまり「成績の高い片づいていない人」は、本質的でないものに時間をかけることを嫌うタイプの人なので、片づけに時間を使うくらいなら、もっと自分が重視していることに使いたいという想いが行動にでているだけだといえるのです。見てくれを気にする社会人としては、アウトサイダーなことですし、これは親から見ればイライラするタイプの「散らかし魔」でしょうが、「学習の本質>見かけの行動」という、受験生としてはやや理想型のアウトサイダーです。多くの大人には「ここさえ直せばもっとすばらしいのにね」といわせるでしょう。
ただし、将来の社会人としてのことを考えると、「仕事ができれば見てくれはどうでもよい」という理屈は通じないのですから、結果的にはこういったデタラメな生活はいずれ直さなければなりませんね。そういう意味では、「学習の本質=見かけの行動」にしたい保護者がイライラすることは、「正当だ」と味方するしかなさそうです。
ところが、もう一つのタイプとして「自分自身の適当さの現れとして部屋を片づけない人」がいます。こういう人は、何もかも徹底力がなく、大体において成績も芳しくないことが多いように思います。

「やる時はやる」という人は本当にやれるのか

あくまで個人的な経験ですが、成績がなかなか伸びない人は、生活習慣上で改善した方がいい「何か」を持っているように思います。

ある受験生をご指導していた時、とても困った習慣の生徒がいました。彼は2日に一度の割合で1限目の授業に遅刻してくるのです。ただし、大きな遅刻ではなく、毎回2分程度の遅刻です。2分程度なら大目に見ても良さそうですが、私が憂慮したのは二つのことです。
一つは彼が「2分程度の遅刻は大したことない」と自分で決めてかかっていること、二つは「彼が走ってこないこと」です。
学習には授業を受ける前の「前勝負」みたいなものがあり、授業を受けて自分の学力にしようという気持ちがあればあるほど、1回の授業の予習準備を周到にしようとします。当然、時間どおりに教室に到着しているのは当たり前のことで、それに間に合わなければ自分が損をするわけですから、走ってでも間に合わせる心理になります。しかし、それをしない彼は、授業に臨む前の準備が十分なはずがなく、授業内容を自分のものとして取り込もうという意欲が不足していることを、十分に予見させるのです。
普通の人には単に「Aくんが通り過ぎる・・・」と見えるのでしょうが、私には「授業のチャンスを全力で生かせず、他の人よりも漏れのある状態のAくんが、私の忠告を無視して通り過ぎる」ように見えています。外見上はわずか2分遅刻してくるだけですが、その行動の元になっている本人の奥深くにある「想念」は、未来の破綻に向かっているといえるのです。
多くの受験生は「やる時はやる」といいます。しかし、終了間際に必死で答案をまだ書いている人は、どうしてあと少しだけ早くできなかったのでしょうか。本当に「やる時にやる」人は、「やる時にやれる」人です。日頃の訓練で問題分量と記述量、自分にとってどれくらいの目論見でそれを記述し終えるかを体感的に叩き込んでいるでしょうし、自分の集中力がどれくらいかも計算しているでしょう。一方、それを訓練できていない人が「やる時はやる」といいっても、「やる時にやれる」のでしょうか。
訓練を真剣にしていなくては、やる時にやれないことは、多くの人が理解しているはずです。「思ったよりも計算に戸惑った」「英文を読むのに時間がかかった」など、当日でなくても訓練できたはずのことを言い訳にする受験生は多いようです。
先ほどのAくんはすでに四浪めです。毎年センター試験ではあと一歩のところで高得点が出ず、私立医大の受験では補欠待ちまで行きますが、結局正規の合格にあがることはできていません。ほんのあと少しではないですか。その少しの謙虚さと努力が彼には必要です。朝の電車を一本早めることができたら・・・。せめて遅刻しそうな時に走ってくるくらいの心構えを授業で持てたら・・・。私が彼に伝えているのは、学習方法ではなく生き方です。自己本位の生き方を変えようじゃないか・・・これこそ、彼に大切にしてほしいことなのです。
わずかこれだけの想念転換が、彼の生活態度の転換となり、学習スタンスや授業を受ける気持ちに変化を及ぼします。ノートの取り方一つ、質問に行こうという意欲一つに影響します。結果的にその全体で培った力を答案に流し込むことができれば、その人は「合格に値する人」だといえるのではないでしょうか。
たったこれだけのことを学ぶために、多くの年月を消費する受験生は少なくありません。今年のAくんはようやくそれが身についてきたようです。「やる時はやります」と今年の彼がいう時、私は「もちろん、そう信じているよ」と伝えるつもりです。