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2019.3.1公開

運が「舞い降りる」人になるためには

その1点が明暗を分ける。実際のグラフデータを見て、1点を勝ち取る勝者になろう!

都市伝説は真実か

難関大に合格するには、かなりの高得点が必要なことはいうまでもありません。受験生の間では、「合格者の半分は運もある。難関大の入試はもう1回やったら半分の人は入れ替わる」などという都市伝説があります。不合格になった半分の側の人は、「自分は運が悪かった」とその都市伝説はいいたげです。しかし逆に、何度入試をやっても入れ替わらない確実な学力の人が半分存在することも示唆していますから、多少は真実を含んでいるかもしれません。
「運」だのみの言い訳ばかりの受験生を放っておくこともできませんから、そんな都市伝説が本当か知りたくなって調べてみました。その結果がどうだったのかを見てみましょう。

1点に並ぶ人の真実

たった1点で合否の明暗が出るのが入試です。私個人の経験でも、合格まであと10点以内だった生徒には、覚えきれないほどたくさん会いました。「あと1点」という生徒も何人かいましたし、中には合格まであと0.5点だった生徒までいました。
大概の人はこういった話を聞くと、「そうか、そんなに惜しかった人がいるんだ」という方向に考えるに違いありません。受験した当人もおそらくそう思っているでしょう。しかし、本当にその見方だけでいいのかどうかが問題です。
多くの方は「1点差で不合格」と聞くと、ごく自然に「あと一人だけなのにかわいそうに…」と思うのではありませんか。しかし、本当に「あと一人だけ」なのかが問題です。実は入試では、同点の人が何人もいるという現実を見逃しているからです。特に、高得点が必要な医学科入試では他の学部より「同点の受験生」が並びやすく、1点に何人もが団子になっているケースは少なくありません。

実例で「同点の人数」を確かめる

下のグラフは2018年11月に実施された「神大入試オープン」という模試結果のうち、医学科志望者の総合得点で、同じ得点の人が何人いたかを調べたものです。

2019神大オープン特典別人数

ご承知のようにオープンなどの模試判定は、評価によって合格可能性が違います。「神大入試オープン」での合格可能性は、A判定が80%以上、B判定が60%、C判定が40%、D判定なら20%以下と決めています。こう見ると、判定が下の人ほど「同点の人数」が多くなっており、下位の場合は1点に5人〜7人もの人が並んでいることがわかります。つまり、「合格がギリギリの線に近づくほど同点の人数が増える」という現実があります。
入試本番でもこれと同様のことが起きていることは、容易に推察できるでしょう。ということは、入試本番で大学側が合格点を決める場合、1点下げるごとに6人〜7人の合格者を増やしてしまうことになります。ですから、定員を越えた入学者を出さないようにするには、そこはシビアに判定するしかないでしょう。
こんなふうにいろんなことを総合的に考えると、難関大の入試はもう一度やったら半分の人は入れ替わる…はたぶん真実です。しかし、入れ替わってしまう可能性のある「半分の側の人」にはいくつかの共通点があるようです。
日常の試験やテストで言い訳が目立つように感じますが、どうでしょう。「数学で計算ミスをしたんです」「物理で勘違いしたんです」「化学で有効数字の桁を間違ったんです」。挙げ句の果てに「問題用紙の一番最後のページの裏に、もう一問あるのを知らなかったんです」などの信じられない言い訳もあります。
日頃の行いがすべて「あと1点」に結びつくものです。そういう人から「うっかり間違ったんです…」と言われると、「知ってるよ、いつもうっかり間違ってるものね」と思ってしまいます。

成績開示結果を見る

最近は大学に申し出ると入試結果の成績を開示することができますから、入試がいったん落ち着きましたら、受験生には合否いずれかに関わらず、できるだけ開示を勧めています。
「ギリギリ合格だった」人がいる一方、「ギリギリ不合格だった」人もいるのが現実です。しかし、「ギリギリ不合格だった」人は本当に「ギリギリか」かどうかが問題です。中には日頃の成績から見て、本当は合格点まで相当の点数差がある不合格でもおかしくないのに、なぜか合格まで「あと1点」程度の不合格になっている人もいるからです。僅差で不合格だった人は、本当に僅差だったとは限らない偶然があります。たまたま1点差まで自分が近づいて見えるだけかもしれません。
そんな時、目に見えるのは「たった1点」だけですが、ここでは謙虚さが必要です。本当に惜しかったのでしょうか。本当にあと少しだったのでしょうか。そう自問自答する必要はないのでしょうか。

受験生にとっての「運」とは

たまに「自分は本当はこんなにできないんです」という人に出会います。「たった1点」といいたい気持ちを飲み込んで言い訳もせず、次の自分の目標に向かって謙虚に学習をやり直そうとする、こういう人は立派です。それこそ「たった1点」にふさわしい人です。
そんな人には多くの方が味方し、援助もするでしょう。知らないことも教えてくれるし、やるべき時にやるべきことを伝えてくれるに違いありません。わざわざ尋ねなくとも多くのアドバイスを得ることができるでしょう。受験生にとって、他者のアドバイスは舞い降りる「運」そのもののはずです。
しかし、一方でアドバイスに耳を貸さない人もいます。これは「運」を手放しているのではないでしょうか。「自分のことは自分が一番知っている」というところでしょうが、実は入試では他人の方が見えていることは多いものです。
受験の世界では「運」は天から降ってくる幸運なのではなく、日常に人から与えられる様々なアドバイスやチャンスの総称です。だとすれば、「運のいい自分」は作ることができるのではないでしょうか。日頃の心がけ一つで、気づけば「運のいい自分」が現実のものになっていくように思います。「いつか運が自分に巡ってくる…」そう言いながら、日常の運をすべてスルーしていることに気づいた時、もう受験が終わっていることが多いように思います。
何のことはない、「あと1点」をプラスする「運」は、日常生活のすぐそこに転がっているのです。