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貫く意思を持って最後まで全力を

かつての震災後のように劣悪な状況で入試に臨んだ方達のことを思い出す時、今年の受験に臨む皆さんにも、あきらめずに何とか力を発揮してほしいと心から祈ります。

●阪神淡路大震災から26年経って

昨年発生したCOVID19の影響はまだおさまらず、医療に従事する方は世界中で活躍されています。医学部を卒業された河合塾OBの皆さんも第一線でご活躍のことと思います。しかし、そんな社会混乱の最中でも、受験生は大学入試への対応はしていかなくてはなりません。
社会混乱…今回のような疾病のみならず、地震のような自然災害の影響を受けた年もありました。今の時代の人は地震といえばちょうど今年で10年を迎える東日本大地震を思い出すでしょう。しかし、私のように近畿に住んでいる身からすれば、やはり阪神淡路大震災の記憶が鮮明です。古いことなので今の若い方には実感がないかもしれませんが、かつて神戸を中心とした阪神間で大きな地震がありました。それはもう26年も前のことです。今年はCOVID19のために学校生活に影響が出ていますが、それ以上の影響を受験環境が受けた年がかつてあったのです。そんな最中の受験…その時の受験状況がどうだったのか、1995年「1月17日」頃の記憶を辿ってみます。
当時の1月17日の震災を入試との関係で話している方は多くありませんが、実はこの日が入試にとって決定的な意味を持つ日だったことをご存知でしょうか。なぜなら、センター試験の自己採点をこの日に予定していた高校が多く、その回収データで全国の大学のボーダー会議を実施する予定があったためです。
震災のあった1995年当時、「成人の日」は1月15日に「祝日」として固定されていました。たまたま、その年は1月15日の「成人の日」が「日曜日」に重なったことにより、カレンダー上は翌16日(月)を「祝日の代休」とする特殊な年でした。
その年のセンター試験は1月14日(土)と15日(日)でした。例年ならば翌16日(月)に「自己採点」を高校で実施するものですが、高校の中には16日が祝日の代休なので自己採点を見送り、翌17日に実施しようと計画していたところが多かったのです。ところが、早朝に近畿広域に大きな地震が発生したことにより、かなりの数の高校が当然自己採点実施を見送らなければならなくなったのでした。
また、自己採点を休日出勤で16日に実施していた高校もかなりありましたが、データ回収に手配していた業者の運送がほぼ機能不全に陥ってしまったため、一部は河合塾のスタッフが回るなど、臨機応変に対応したことで自己採点終了済のデータを何とか回収することができました。具体的な学校名を出して恐縮ですが、西宮甲山高校にデータ回収にいったスタッフなど、倒れた電柱が道を塞いでいるので途中から歩いて高校に行ったといっていました。私も大阪の泉陽高校や帝塚山泉ヶ丘高校、大阪教育大付属平野高校などにデータシートの回収に行きました。広域地震の影響は大きく、運転する車が大きな橋の上で渋滞した時に大きな余震があり、車で一杯の橋が大きく波打ちはじめるなど、かなり危険な場面もありました。
スマホやGPSどころか、まだ携帯電話も普及していなかったあの当時、偶然手配したレンタルの携帯電話機を営業のスタッフみんなが持っており、こまめに連絡をとりながら「落ち着いて着実に」回収業務とボーダー会議に臨みましたが、蓋を開けてみると他の業者はすでに通常業務が不可能と判断して、近畿でのデータ回収を「投げてしまっていた」状態だったのです。河合塾だけが真面目にボーダー会議の業務を完遂しようとしていたことは、当時のスタッフは後から知ったのでした。

●未曾有のことがあった時でも

今年のCOVID19の中でもできるだけ早くに授業を再開して生徒の学力を伸ばしてあげたいと、河合塾の各関係部局のスタッフの皆が考え、テキストの全件自宅送付や授業再開のためのオンラインでの授業配信など、できるだけのことを行なってきました。今の方にとっては当たり前のオンラインでのやりとりですが、26年前の災害の時のことを考えるとずいぶん進化したものです。
データのやりとり一つとっても、今なら“送信“すれば済むこともあるでしょう。しかし、震災当時はセンター試験後の生徒成績を届けるにも“送信“という手段はありませんし、郵送事情は最悪でしたから、高校まで持っていくしか方法がありません。交通手段が限られているので、途中まで電車、使えるところはタクシーも使いましたが、概ね徒歩で行ったものです。
資料を入れたリュックを背負って、倒壊した街の間を抜けつつ歩くのですが、倒壊しかけの文化住宅の1階で避難所に持っていく毛布を引っ張り出そうとしているお年寄りに「危険だからいけません」と諫めて止める一方、その自分は倒壊した建物の間を「近道」で抜けたりして、何が危険なのかが麻痺しているような感覚に見舞われた記憶があります。今のCOVID19の罹患者が増加している背景にも、そういう「馴れ」のようなものが油断としてあるのかもしれません。自分も含め、行動を戒めたいところです。
さて、当時データ返却のために訪問した高校のうち、兵庫高校では玄関前に自衛隊の給水車が来ており、近所の方が水をもらったり配給のパンをもらったりされていました。新築したばかりの校舎では、玄関を入ったすぐのところから避難された方々がビッシリ座っておられたことを鮮明に覚えています。ここ数年ほど兵庫高校には講演でお邪魔していますが、そこを通る時にいつも当時の映像が目に浮かびます。26年前にこの隅に座っておられたおじさんとおばさんはその後どうされたかしら…と。
このような状況で本当に入試ができるのかと思ったものの、災害があっても皆さんがそれに向き合い、驚くほど冷静に協力されているのを見た時、何か一つでもそれに見合うご協力をしたいものだと感じました。今回のCOVID19の最中でも、国中でそういった一体化した協力が発揮されて冷静な生活を取り戻せると信じたいところです。

●皆さんと共に

震災当時、通信機能が断絶されており、大学が急遽何かの対応を決めても被災した方までそれが伝わるかどうかなかなか難しい状況でした。今と違ってWEB環境がなく、スマートフォンもない時代で避難所にはテレビも設置されていなかったため、せいぜいラジオ程度しか情報入手方法がありませんでした。あとは原始的ながら掲示板が最も有効な方法でした。
大学の出願願書は大学が発行している「本物」でしか受け付けないのが普通ですが、その年に限って「コピーでも構わない」ということを大学が決定しましたので、それを受験生に知らせようということになりました。そこで掲示板しか伝達方法がないならと、神戸近辺の避難所に「河合塾の最寄りの校舎で無料でコピーを差し上げます」というご案内を、貼って回ることにしたのです。もちろん、徒歩でしか回れませんし、全ての避難所にいくことは難しいとしても、少しでも何かのお役に立てれば…というところです。どれくらいの方がこれを見てくださったかはわかりません。しかし、何か一つでもご協力できることがあれば、実行に移したい…そんな想いからの行動だったように記憶しています。
現在のCOVID19による受験状況でも何が起こるかわかりません。急遽入試方法に変更があるかもしれません。そのような中でも、自分ならどのように受験生の皆さんを応援できるだろうか、そんなことを少しでも考えて情報をご提供したいと考えています。今はWEB環境が整備されていますし、手元のスマートフォンやタブレットで最新の情報にアクセスすることは難しいことではありません。受験生の皆さんも「落ち着いて着実に」情報を元に行動していただき、冷静に入試を乗り切っていただきたいと思います。

●明日に向けて

今年の受験生は非常に特殊な環境です。COVID19の影響により、学習がままならない1年であった方は少なくないはずです。長年続いた「大学入試センター試験」から「大学入学共通テスト」になったことで難度が上がったり、予定されていた記述題や英語民間試験が年度途中で中止になったり、戸惑った方が多いでしょう。また、医学部入試に関しては多くの大学に定員・入試科目などの変更点があり、志願者の流れにも影響したといえます。さらに、国公立大の後期試験では香川大と愛媛大が募集を停止したために、出願先の選定に苦労した受験生も多かったに違いありません。
そういう何から何まで特殊続きの1年であったといえますが、かつての震災後のように劣悪な状況で入試に臨んだ方達のことを思い出す時、今年の受験に臨む皆さんにも、あきらめずに何とか力を発揮してほしいと心から祈ります。国公立大前期が不合格になっても後期試験への集中を切らさないように保つこと、私立大受験の方は2月入試で合格がでなくてもすぐに3月入試への出願に切り替えて、最後まで受験の意思を継続すること…どうか貫く意思を持って最後まで全力を尽くしてください。

「落ち着いて着実に」物事を行うことが、皆さんに成果をもたらすでしょう。絶対に合格するかどうか…その保証があるわけではありません。しかし、何かの成果を出せた人が「落ち着いて着実に」物事を行う人であったことは、後からでないと分からないものなのです。