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大学受験勉強とのバランスをうまくとりながら、ゼミ、セミナーにも積極的に参加。

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大学受験勉強とのバランスをうまくとりながら、ゼミ、セミナーにも積極的に参加。

河合塾COSMOに通うようになった経緯を教えてください。

中学3年生の時、仲良しだった母と考え方の違いでぶつかりました。きっかけは小さなことでしたが、反抗期も重なり、すれ違いが続くうちに、気が付くと「うつ」の状態になっていました。受験はどうにか無事乗り切り、志望校にも入学できましたが、勉強にも部活にも身が入らず、高校2年生の時にとうとう心と身体の限界を感じて学校を休むようになりました。そんな時、インターネットでたまたまコスモの広告を見つけました。当時、一旦足を止めて「うつ」を治しながら、自分のペースで勉強もしていきたいと考えていた私は、コスモのスタイルをホームページで見て、「自分が望んでいたのはここだ!」と思い、入塾と高校中退を決意しました。

中学生3年生まではいかがだったのですか?

小6の終わり頃に徳島から大阪に移り住んだのですが、大阪の中学校で出会った先生がとてもよかったんです。その先生に勉強の楽しさや本質を教えてもらい、当時の私は好奇心のかたまりという感じでした。それで中2までは努力すればするほど何もかもがうまくいくといったような状況で、勉強はトップクラス、テニス部での活動も充実していて、すべてがうまくいっている。正直、こわいくらいでした。今考えるとおかしいですけど、勉強も楽しすぎて深夜3時くらいまでやっていました。

その後、母親とぶつかるようになったということですが。

ずっと反抗期はあって、当時は自分のマイペースを邪魔されたくないみたいな部分で母とぶつかることが多かったです。母親は、普段はなんでもやってみろというタイプだったはずなのに、いつのまにか受験にナーバスになりはじめていたのですね。私自身の成績もよかったから、期待し始めたと思います。やがて進学塾に通学させられるようになりました。私としては勉強と部活を両立させたかったし、パンクしそうになったけど最終的には塾にも適応していくようになったのですが。

大阪から東京コスモを選んで、家族の方は反対しませんでしたか?

しませんでした。それは距離を置いていたほうがいいということを、母親自身が気づいていたのだと思います。東京のコスモに行きたいと話したときに、昔の母に戻った感じがありました。
家を出て引越しの終わった日に家でひとりになってみて、はじめて母親に支えられてんだと素直に感じられるようになりました。だからといって、私自身は家に帰りたいという気持ちはなく、距離を置いていくほうがお互いのためになると感じはじめていました。

東京で独り暮らしするのに不安はありませんでしたか?

全く不安はありませんでした。高校を辞めること自体にも未練はありませんでした。
うつ状態でなにもかもいやだという気持ちがありましたが、だからといって逃げ切れるものでもないと思っていました。とにかく今の状況を脱したいという思いが強かったですね。
私の場合、家を出る、高校を辞めるの手順の前に、前提としてコスモに行きたい、というものがあったので、それが今の状況から脱する希望に見えました。

河合塾COSMOに入って、どのような印象を持たれましたか。

コスモでの過ごし方、授業やゼミのスタイルが様々で、十人十色の活用方法があると感じました。また、個性的な人が多い印象も持ちました。塾生だけでなく、講師やフェローにもそれぞれのキャラクターがあり、そのキャラクターを活かして塾生をサポートしてくれていました。塾生は、年代、考え方、出身地が様々で、これまで接点のなかったタイプの人との関わりが新鮮でした。また、しばらく過ごすうちに、コスモには何かを一生懸命頑張った経験があったり、物事に対して自分の思いを持っている人が多いように感じました。そして、それ故に何かにぶつかってしまったけれど、また歩き出すために努力していることが伝わってきました。

入塾当初はどのようなカリキュラムで学んでいましたか?

高卒認定は1科目だけでしたので、コスモに入った当初から受験を意識していました。科目は英語、数学ⅡB、生物です。2年計画の大学受験を考えていたので、1年目はまだリハビリという意識でカリキュラムを組んでいました。だから1年目に大学合格しても入学する気は無かったですね。

思い出に残っている教科の授業はありますか。

私にとって思い出深い授業は、生物です。コスモでは、勉強のリハビリも兼ねて最低限の授業を重点的に受講していましたが、その中で最も力を入れて向き合ったのが生物でした。高校時代は「うつ」により勉強が手につかず、蓄積がほぼ0の状態だったため、コンプレックスだらけの私でしたが、結果的に生物は人並みのレベルに到達することができました。そのポイントとなったのは、少人数制で塾生一人一人の理解度を把握してくださったこと、程よい緊張感があったこと、そして、授業だけでなく普段のコミュニケーションや受験のアドバイスがあったことだと思います。「リハビリ」には、頑張りすぎないことと自分を甘やかしすぎないことが重要ですが、このような授業スタイルが絶妙なバランスを取ってくれていたのでしょう。生物の授業に出席することは、コスモでの自分のペースを作り、友達を作り、学ぶ感覚や喜びを取り戻すことにも繋がりました。

テーマ別ゼミへの参加はご自身にとってどんな影響をもたらしましたか。

私が在籍した一年間でほぼ毎回参加していたのは「農園ゼミ」です。新入生歓迎会への参加がきっかけで、気付けば常連になっていました。農園では、農業に限らず初めての経験が多く、授業だけでは得られない収穫がありました。また、私が進学した東京農業大学の存在を教えてくれたのも農園です。それまで自分の希望に100%マッチする大学に出会えずにいましたが、農大の授業カリキュラムや研究室は、まさに私の求めていたものでした。そして、単発での参加ではありましたが、時々は農園以外のゼミにも参加しました。特にゼミ旅行の韓国セミナーは印象的で、板門店への訪問やホームステイなど、普通の旅行ではできない経験をし、自分の肌で韓国を感じることができました。そして何より、ゼミに参加することで、人と触れ合い、視野を広げ、かけがえのない仲間を作ることができました。この出会いと経験が、崩れかけていた自分を再構築し、以前より強くしてくれました。

農園ゼミで思い出に残るエピソードを教えてください。

コスモ農園に集う人たちは大切な仲間というよりもかけがえのない仲間だと思う、とコスモ農園の講師に伝えたらすごく感激してくれた。とてもうれしかったことを今でも覚えています。あと、味噌つくり合宿などに参加して、単純に楽しかったです。私の場合、大学の講義とつながる部分があったので良い経験でした。また、仲の良い友達ができて、お互いの家に行き話し混んだり時にバトルしたりと。けんかできる友達と会えたことは、自分にとって良かったと思います。

コスモ生同士の交流はどんな雰囲気だったのですか。

良い意味でお互いに干渉しない雰囲気でした。とは言っても、サバサバしすぎるわけではなく、それぞれのスタイルを尊重しつつ、一緒に授業を受けたり、おしゃべりを楽しんだり、基本的には和気あいあいと過ごしていました。入塾当初は友達ができるか、すでに在籍している人たちの輪に入れるか少し不安でしたが、相手から話しかけてくれる機会やフェローが紹介して下さる機会があり、孤独を感じることはありませんでした。また、コスモには幅広い年代の塾生がいましたが、みんなフランクに接してくれたため、構えることなく付き合うことができました。そのおかげで、表面的ではなく、深いところでわかり合える仲間もでき、コスモの外でも遊んだり、語り合ったり、相談したりしていました。今振り返ってみると、コスモには個性を認め合い、時にぶつかり合い、そして高め合う雰囲気、すなわち人間らしい交流があったのだと思います。

大学生活の思い出を聞かせてください。

大学生活の思い出は、なんといっても研究室です。3年生で配属されてから卒業までほぼ毎日、朝から晩まで研究室で過ごしました。配属当初はほとんど知り合いがいませんでしたが、「せっかく同じ研究室になったんだし、みんな仲良くやろう!」と言ってくれたメンバーのおかげで、学年全体が結束することができました。また、月1回ペースの研究室全体の飲み会やその二次会、生協や学園祭で売るジャムや乳酸菌飲料作り、研究室旅行、公開講座や学会の手伝いなど、行事の多い研究室だったことも絆を深めるきっかけになりました。自分の研究テーマが決まると、発表という試練が定期的に訪れることとなり、泊まり込みで準備をすることもありましたが、そんな時は夜食の買い出しに行ったり、みんなでご飯を作ったりして、苦しさを楽しさに変えていました。こんな風に2年間苦楽を共にし、同じ釜の飯を食べた仲間は家族のようであり、今でも私を支えてくれています。

河合塾COSMOで学んだことが、仕事に役立っている面はありますか。

コスモで学んだことは、仕事で大いに役立ってくれています。そのポイントとなっているのは、いろんな人に出会い、いろんな考え方に触れ、いろんな経験をしたことです。仕事はどんな職種でも専門的な知識や社内的な知識が必要となりますが、結局一番大切なのは人間関係です。理解していたつもりではありますが、社会に出て2年、いかにそれが重要かつ難しいことであるかを実感している今日この頃です。しかし、そんな中で私の強みとなっているのはコスモでの経験です。様々な経歴を持つ幅広い年代の人たちと関わったことで、社会で感じるギャップや立場の異なる人との付き合い方などにおいて、比較的戸惑うことなく対処できているように思います。また、何か意見を求められた際、自分の意見に加え、コスモのゼミでの経験やコスモの友達の経験を踏まえて考えることで、より説得力と具体性があり、視野の広い受け答えができると感じています。

河合塾COSMOの後輩たちへのアドバイスをお願いします。

みなさんへまずお伝えしたいことは、自分を褒めてあげて欲しいということです。学校へ行かないこと、学校を辞めること、コスモを選ぶこと。このような「人と違うこと」をするのは大変勇気のいることで、みなさんはその勇気のある人です。その上で、コスモを存分に活用してください。立ち止まって休憩する、給油して走り出す、新しい世界を見出す・・・どれも正解です。ただ、できるだけいろんなタイプの人と関わることをお勧めします。コスモの環境は唯一無二であり、コスモで学ぶ皆さんには無限大の可能性が潜んでいます。自由であるというのはとても不自由なことですが、自分を追い込まず、しかし、甘やかさず、等身大で壁を乗り越えていってください。コスモには皆さんの血となり、肉となり、生きていくための道具となるものがたくさんあります。それらを存分に吸収し、自信を持って社会に出てきてください。どこかでお会いできるのを楽しみにしています。

保護者へのメッセージもお願いします。

保護者のみなさん、「後輩たちへのアドバイス」にも書かせていただきましたが、「人と違うこと」のできるお子様は勇気ある人です。コスモが回り道のように感じられることもあるかとは思いますが、長い人生で考えると実際は近道かもしれません。そして、悩み抜いた経験のある人は、きっと他人の気持ちがわかる人になります。今後に期待してゆったりどっしり構えていてください。偉そうな口を叩きましたが、私自身、いきなり知り合いもいない東京に単身上京し、家族には多大な心配をかけました。これから少しでも恩返しをしたいと日々頑張っているところです。卒業生として、後輩と保護者のみなさんを陰ながら応援しています。

プロフィール

1989年、徳島県生まれ。
中学校~高校2年までを大阪で過ごす。
2006年4月 高校2年終了とともに退学し、単身上京。コスモ入塾。
2006年8月 高卒認定試験合格。
2007年4月 東京農業大学 応用生物科学部 生物応用化学科入学。
2011年3月 東京農業大学 応用生物科学部 生物応用化学科卒業。
2011年4月 某香料メーカーに研究職として就職。
現在、社会人としての振舞いと開発技術を身につけるべく、日々奮闘中!!

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