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1997年度 デザイン・工芸本科クラス在籍

「モノのとらえ方が変わる」「世の中が違って見えてくる」ヒトとはちょっと違うそんな能力が欲しい方いませんか?
思い返すにこんなキャッチフレーズを具現化したような場所が、私が在籍した河合塾のイメージです。
確かに、受験は厳しいものだと思います。とくに私は大学に行くのに3年もかかったので身に染みて感じます。受験には受験独特の世界があり、それを克服するテクニックも必要だと思います。
ただ、この河合塾での経験が受験のためだけに留まらないと感じている人は少なくないと思います。
「課題にこたえること」「それを伝えること」「伝えるために、より目立つこと」
当時、毎日、毎回、耳にタコができる程教わり、何度も繰り返すうち、いつの間にか体が覚えたこの考え方は、10年以上経った今でも、私を根っこで支えてくれる大切な財産です。みなさんの未来にもきっと繋がる貴重な時間を、大事にして頂きたいと思います。
2002年度 彫刻本科クラス在籍

わからない事が多過ぎるのです。
どうして目の前に広がる風景が見えるのか。どうして僕の身体はこの大きさなのか。どうして女の子が好きなのか。どうして僕の家の中をダンゴムシが歩いているのか。
次々と湧いてくる疑問を理解したいと思いました。それも、理論ではなく直感として。大学に入学してからはむさぼるように本を読みあさり、朝から晩まで作品のことを考えていました。一つ一つは地味な作業の積み重ねですが、その集積が僕に見たこともない風景を見せてくれます。同時にそれが僕の身体に吸収され、日々の疑問を少しずつ解決してくれました。そして、また新たに生まれてくる疑問に挑んでいくのです。今思うと、その根本となる制作スタンスは河合塾の頃に培ったような気がします。
2007年度 名市大土曜専科クラス在籍

私は名古屋市立大学の芸術工学部に通いたいと決めてからその道だけを見て突っ走ってきました。受験のために絵が描けなくてはならないということで通い始めた河合塾の美術研究所でしたが、いつしか塾に通う目的は自分の技術を磨くことになっていました。先生たちは講評で丁寧に指導してくれたし、講評が終わった後の個人的なアドバイスもとてもためになりました。自分の技術が上がっているのが実感できたときは嬉しかったし、毎週土曜に通うことによって充実した受験期が過ごせていたと思います。河合塾に通ってもともと好きだった絵を描くことがそれよりもずっと好きになりました。これが河合塾で得た一番大切なものかもしれません。
大学では今私は1年生なので主に基礎的な課題をやっています。それによってたくさんのことを学ぶ事ができています。自分にとって新しいことに取り組めるということはとても楽しいことです。これからも楽しさを忘れないで生きていこうと思います。
1994年度 基礎高1・2応用発展クラス在籍

基礎科在籍から早いもので12,3年が過ぎました。当時は美術大学に行きたい一心で河合塾に通っていました。月日は流れ、大学も卒業し制作活動を送っている日々です。
制作を続けていると、自分がやろうとしていることは何か考えることがあります。でも、制作をするとわかってくることもあるので、また制作をし始めます。ひとつのことをずっと続けることは、いろいろ越えがたい壁が出てきます。でも、その壁があるから続けられる気がします。
まだ美術を始めて数年しか経っていませんが、美術を通していろいろな人に出会い、助けて頂いています。結果はすぐに出てきませんが、目標を失わずに進んでください。
2003年度 京都市芸大日曜専科クラス在籍

将来何がしたいのか、自分が何を目指しているのか、わからなくなる時がある。
デザインをしている時も見失うこともある。
そんな時は自分の好きなことをしてみよう。
私は人と話すことと、散歩をすることが好きだ。
いつも通る道、知らない道、どんな道を歩いていても、新しい発見や思い出すことが沢山ある。
色んな人と話すことで、今まで凝り固まって考えていたことも、色んな角度から見えてくる。
今の自分があるのは、今まで出会った人のおかげ。受験生や大学時代の出会いは自分の糧になる。
アイデアを出す時、何か特別なことをしなくてはならないのではなく、ヒントがいつも身近にある。
自分を知ること、探すこと、人に伝えることで可能性は広がっていく。
色んな人やモノとの出会いを沢山して、良い刺激を受けて一緒に成長していきましょう。
迷ってもいい、迷うことも自分を成長させる為に大切なことだから。
2003年度 映像日曜専科クラス在籍

ある時思ったのは、映画が好きで映画を撮りたいだけの私には、人に伝えられる事なんて何も無いのにということ。つまり私には特別な主張などなく、だからといってすさまじい発想を持つ天才でもなく、すごい教養もない。
ただ、映画を撮るには主題というものが必要で、それを伝えるために表現しなければならないらしい。そんな私の内側からいくら自分らしさや、オリジナリティのある主題のようなものをひねり出してもはっきり言って自分で興味が持てない。特に私のそれは面白そうではない。むしろ嫌悪があって、だったら作品から自分を消してしまおうと思い、色んな事を試して、逆に全く自分らしくないことをしてみたりもする。『それでも作品には変わらない何かがいつもある。あぁ僕はこれをやりたいんだと思った』と大学の教授は言ったのだけれど、確かにどの作品にも出てきてしまう顔があり、『私らしさなど無くなったところに私があるんじゃないの』と言っていた河合塾の先生を思い出します。
2000年度 油絵本科クラス在籍

何でもいいからとにかく一生懸命になれるもの、本気でやれると思えるものをすることが大事だと思います。他人に何と言われようがこれでいいのだ!という確信を心の内にもてるようなこと、それを作り出すべきです。とかいって自分にはどうしたらそのような確信をもつことができるのか分かりません。
人は立場が違うと面白いくらい意見がくい違います。だからあまり深く考えず楽しいと思うことを徹底してやると、何か発見できるのではないか…と思ったりします。高校生のとき、デッサンするとき気分は修行僧で目の前の静物と自分が一体化するよう心がけて描いていました。そしてさまざまなしがらみを忘れ、無私の状態になり、ただ眼だけの存在になるとき、高次の世界へととんでゆく…そう思ってました。今考えるとちょっと恥ずかしすぎるけど、とにかく何かスゴいものになりたかったんだと思う。
2007年度 建築日曜専科クラス在籍

歩くときに、周囲をきょろきょろと見渡してしまう癖がついたのは、確か高三の夏。
勿論、当時は気にもしていなかったが、今思うと河合塾に通って絵を描くようになったのが原因のような気がする。絵を描いている間に感じた、何でも無いような風景に潜む美しさ、それに対する新鮮な感動が、そうさせたのだろう。
河合塾っていうのは、もしかしたら大学受験に必要な技術やテクニックを教える機関でしかないのかもしれないのだけれど、それを学ぶ為だけに貴重な1年や2年を費やすのは悲しいと私は思っている。
もちろん、大学に合格する、というのが近い目標として存在はしているけれど、モチーフの中の美しさを見いだしたときの小さな感動や、それを表現する事に対する純粋な歓びを忘れてはいけないし、それを抜きにして絵を描いても、一体何になるのだろうと思う。
私は一年間と少しの間で少し絵が上手になって、変な癖がついただけだったけれど、それでもとても価値あるものだったと思う。その癖は、今でも多くの発見や驚きを与えてくれるし、その発見や驚きが今の自分と自分の制作を支えてくれているのだから。
2003年度 日本画本科クラス在籍

今思うと予備校時代は大学に入ることが目標でした。目の前に出されたモチーフを与えられたままに描く、それの繰り返しでした。いざ大学に入ると、さぁ描きなさいと急に表現の自由を与えられたところで、何をどう描いていいのか分からず、創るとは何か、何を伝えたいのか、表現することの難しさを痛感する日々でした。現在は大学で古典作品の模写を通して古典技法の習得や掛け軸に仕立てる技術など自分の作品制作につながる技術を学びながら、一方で作品を後世に残すためにはどのような素材や環境がいいのか、実際に昔の作品を修理するなど、作品を守り伝えていくための勉強もしています。
表現するとは、創るとは、作った作品をどう残すのか、残すためにはどのような素材を選ぶべきなのか、これは今後表現者として制作をしていくみなさんに考えて欲しいことです。ただ自分の作りたいものを作るだけじゃない、地球に優しい表現者が増えていくといいと思います。